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名古屋高等裁判所 昭和59年(ネ)153号 判決 1985年9月30日

控訴人

春田合名会社訴訟承継人秀松株式会社

右代表者

春田道男

右訴訟代理人

山路正雄

高柳元

被控訴人

名古屋市

右代表者市長

西尾武喜

右訴訟代理人

鈴木匡

大場民男

右両名訴訟復代理人

鈴木和明

吉田徹

鈴木雅雄

主文

控訴人の当審における新請求を棄却する。

訴訟費用は差戻前の第一・二審および差戻後の第一・二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、当審において請求を変更し、「被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付目録第三記載の土地の二一六万八五九四分の二一万九四二一の持分につき持分移転登記手続をせよ。被控訴人は、控訴人に対し、昭和二三年一二月一日以降同三三年一一月三〇日まで一か月六六四九円の、同三三年一二月一日以降同四三年一一月三〇日まで一か月八万六四三八円の、同四三年一二月一日以降同四八年一一月三〇日まで一か月四三万二一九二円の、同四八年一二月一日以降前記土地の分割協議の成立又は被控訴人が前記持分を買上げるに至るまで一か月八六万四三八五円の、割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は「控訴人の新請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および立証は、次に付加訂正するほか原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

一  原判決五枚目表四行目から同六枚目表一行目末尾までを次のとおり改める。

10 承継前第一審原告春田合名会社(以下「春田合名」という。)は、原判決添付目録第一記載の従前地に対し同目録第二記載の仮交付地を受けたところ、被控訴人は前記の通り右仮交付地と他の土地を一括して同目録第三記載の一筆の換地(本件換地)を受けたために春田合名が受けるべき換地部分を特定することは不可能になつたが、本件換地の二一六万八五九四分の二一万九四二一が春田合名即ち控訴人の受けるべき持分となる。

よつて控訴人は、被控訴人に対し、右持分につきその移転登記手続を求め、被控訴人が前記従前地の所有権を取得した日以降本件換地について控訴人と被控訴人間に分割協議が成立するか、または被控訴人が右持分を買上げるに至るまで賃料相当の損害金として請求の趣旨第三項記載の金員の支払を求める。

二  原判決二枚目裏九行目「(主たる請求)」とあるのを削除する。さらに、同六枚目裏七行目全部および同一三枚目裏四行目冒頭から同七行目末尾まで(物件目録中第四係争地の表示)を、それぞれ削除し、原判決六枚目裏六行目に「同10、11の事実は否認する。」とあるのを「同10は争う。」と、同三枚目表三行目「土地従前地」とあるのを「本件従前地」と各改める。

三  控訴人の主張

1  春田合名の代表社員春田道男が春田正策のした不実登記を覚知したのが、昭和二一年一〇月か一一月頃であることは事実であるが、道男はこれを是正する何らの措置をとらず放置していたということはない。即ち道男は母まを介して、又は名古屋家庭裁判所に係属していた正策との家事調停事件の話合の中では直接に、正策に対ししばしば前記登記の抹消を要求していたが一向埒があかなかつた。よつて道男はやむをえず昭和三一年にいたり正策に対し出資譲渡およびこれに基づく出資額変更等無効確認等請求事件(名古屋地方裁判所昭和三一年(ワ)第一四七八号)を提起し、右訴訟においてようやく昭和四三年一〇月道男の勝訴が確定して前記登記は抹消されたのである。

合名会社については株式会社や有限会社と異り、職務執行停止、職務代行者選任の仮処分を公示する方法がなく、又正策が本件売買契約を締結した事実を知らなかつた道男としては、正策を代表社員と表示する登記が事実に反するということを被控訴人に知らしめるすべがなかつたのである。

よつて道男のとつた前記の処置をもつて不実登記に対する是正措置としては必要且つ十分であつたというべく、道男が本件従前地の売買のなされた昭和二三年一一月二四日まで右不実登記について是正措置をとらなかつたことにより控訴人が不利益に扱われるべきいわれはない。

2  被控訴人は、春田合名との本件売買において、本件従前地の所有者が正策個人であるか春田合名であるかに関心を払わずに契約を締結した節がある。被控訴人がこの点に注意して契約を締結してさえいれば本件の如き事態が未然に防止しえた筈であるから、被控訴人には過失があり、善意の第三者には当たらない。

四  被控訴人の主張

控訴人の訴の変更には異議がある。

理由

一弁論の全趣旨によれば、春田合名は昭和五〇年五月二四日、秀松株式会社に合併されたこと、同会社はさらに昭和五五年五月二〇日、名古屋市瑞穂区鍵田町一丁目二三番地に本店を有する訴外高立株式会社に合併されたところ、同会社はその頃本店所在地および商号を変更して控訴会社となつたことが認められる。よつて、控訴会社において春田合名の権利義務を承継したものということができる。

二控訴人は、当審において訴えを変更し、被控訴人においてこれに対し異議を述べているところ、新訴・旧訴における控訴人の申立およびその請求の原因を対照すれば、両訴の請求の基礎に何らの変更のないことが明らかであり、かつ右訴の変更により訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、控訴人の右訴えの変更はこれを許容すべきものである。

三請求原因2ないし4の事実(原判決三枚目表一行目からその裏三行目まで)および春田合名においては道男(旧名五郎)が昭和二一年八月一日に代表社員に就任したこと、ところが道男は同年九月一八日代表社員を辞任し、代つて同日正策が代表社員に就任したとして同月一九日その旨の変更登記がなされていることはいずれも当事者間に争いがない。

しかして、<証拠>によれば、正策は、昭和二三年一一月二四日、春田合名の代表社員として同会社が訴外名古屋市弥富土地区画整理組合から交付されていた仮交付地即ち原判決添付目録第二記載の土地を、被控訴人に売渡す契約をし、同二五年三月一五日その従前地即ち同目録第一記載の土地について被控訴人のため所有権移転登記を了した事実が認められ、右認定に反する原審証人春田正策の証言部分は前掲証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

控訴人は、右売買は従前地について所有権を有しない正策が勝手に売主となつて被控訴人との間に締結した契約であつて春田合名に対し何らの効力を及ぼすものではないと主張する。

なるほど右土地の売渡承諾書(甲第三号証)の記載によれば、売主は正策の個人名義となつているが、他方、右甲第三号証と同時に正策が被控訴人に対し差し入れた所有権移転登記手続の履行等に関する請書(甲第四号証)においては売主は春田合名であり、正策はその代表社員として記名捺印していること、本件従前地は春田合名の所有であつて正策の個人所有ではなかつたことを合わせ考えれば前記甲第三号証の正策の署名には何の肩書も付されていないけれども右は春田合名の代表社員の記載を省略したにすぎないものと認められる。よつて、控訴人の右主張は採用することができない。

四控訴人は、正策は春田合名の代表社員に選任されていないにも拘らず、総社員の同意書や代表社員である道男の辞任届等の必要書類を偽造行使して、自らが春田合名の代表社員に就任した旨の登記をしたものであるから、正策が代表者としてなした行為は春田合名のため効力を生ずることはないと主張する。

<証拠>によれば、春田合名は、昭和二年訴外春田鉄次郎によつて設立され、同八年一月九日右鉄次郎死亡して後はその妻まが中心になつて運営して来たものであつたが、正策は鉄次郎、まの三男、道男は四男で共に春田合名の社員であつたこと、まは昭和二一年八月になつても鉄次郎を相続した二男定が出征したまま生死不明であり、正策もいまだ復員して来なかつた為、唯一の男子たる道男を春田合名の代表社員とすることとし、同人と相談して同月五日その旨の登記をしたこと、しかしながら右登記の直後に正策は生還し、母まおよび弟道男と同居することとなつたが、この頃から正策と道男の間に春田合名の主宰者たる地位について争いが生じたこと、まと正策は結局終戦前後から神経衰弱等で名大病院に入院したりなどして対人関係にとかく円滑を欠く道男を会社代表者から排除することを決意し、道男の部屋から密かに同人の実印や春田合名の関係書類等を持出し、これを冒用して道男の辞任届・総社員同意書等を偽造して道男に代つて正策を春田合名の代表社員とする登記申請をし、その旨の登記を了したこと、春田合名の定款においては、代表社員を春田鉄次郎とし、同人が業務執行権を有することおよび定款の変更には総社員の同意を要する旨定められていたこと、道男は前記のように実印や会社の書類等が正策らによつて持ち出されたことは直ちに気付いたが、これを黙認して放置していたことが認められ、<反証排斥略>、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実関係を総合して判断すると、春田合名においては、定款の変更には総社員の同意を要する旨定められていたにも拘らず正策の代表社員就任につき少なくとも道男の同意のなかつたことは明らかであるから右就任は無効といわざるをえない。

五被控訴人は仮に正策に春田合名を代表する資格がなかつたとしても商法一四条に基づき控訴人は善意の第三者である被控訴人に対抗しえないと主張する。

前項で認定した通り正策は適式に就任した代表社員ではなかつたのであるから、同人のなした昭和二一年九月一九日の変更登記は登記申請権者である春田合名のなした適法な登記とは認められず(昭和二四年改正前非訟事件手続法一八〇条、一四九条)、従つて、右変更登記がただちに商法一四条に基づく春田合名即ち控訴人の責任を肯定せしめる登記に該当するということはできないのである。けだし、商法一四条は自ら不実の登記の外観を作出した者についての規定であつて、当該登記が無権限者の申請に基いてなされたような場合を含まないというべきであるからである。

しかしながら、他方、自ら不実の登記を作出しないまでも、かかる登記の存在を知つているにも拘らず会社がその是正をしないことについて不実登記の作出と同視しうるほどの怠慢を重ねた場合には積極的に作出したときと同様に同条に基づきその登記の不実なることをもつて善意の第三者に対抗できないものと解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和五五年九月一一日判決。民集第三四巻第五号七一七頁)。

これを本件についてみると、春田合名代表者たる道男は、先に認定した通り前記不実の登記がなされた当時、正策と春田合名の主宰者たる地位を争い、又弁論の全趣旨によれば亡鉄次郎の相続に関しても正策と深刻に対立していたことが認められる状況にあつたのであり、且つ道男の手元から同人所有の実印や春田合名の関係書類が持出されたことはただちにこれを覚知し、しかも正策がした前記変更登記の存在もすでに昭和二一年一〇月ないし一一月頃にはこれを知つていたこと控訴人の自認するところであるにも拘らず、右登記の存在を知つてのちも、道男が春田合名の代表社員としてこれを是正する為に遅滞なく然るべき措置をとつた事実を認めるに足る証拠はない。<証拠>によれば、昭和三一年にいたり道男は春田合名および正策に対し出資譲渡およびこれに基づく出資額変更等無効確認訴訟を提起し、併せて同三三年八月に右裁判の確定に至るまで正策の代表社員業務執行停止、代行者選任の仮処分申請をしたことが認められるけれども、右は前記不実登記発覚後およそ一〇年もの長年間を経過した後のことであつたのであり、右懈怠を是認しうべき特段の事情も存しない。右不実登記の是正についての春田合名の懈怠はまさに該登記の作出と同視しうる怠慢であるとのそしりを免れざるべく、控訴人は被控訴人に対し正策を代表社員とする登記の不実をもつて対抗しえないものと解するのを相当とする。この点について、控訴人は、道男はこの間母まを通じ又自らも正策との別件の調停事件の席上で再三前記登記の抹消方を要求していたが正策がこれを聞き入れず、やむなく前記訴訟に至つたもので決して拱手傍観していた訳でもないし、仮に代表者業務執行停止・職務代行者選任の仮処分決定を得たとしても、株式会社等の場合とは異りこれを対外的に公示する方法のない合名会社においては、とり立てて実効あるものとはみえないから、道男のとつた前記程度の措置で十分であると主張する。しかしながらさきに述べた商法一四条の趣旨からすれば控訴人がとつたと主張する右是正措置をもつてしては同法条の適用を免れるに充分であるとはいえないし、また職務執行停止、代行者選任の仮処分は仮の地位を定める仮処分の一つとして登記の有無を問わず仮処分決定の告知によつて第三者に対しても効力を生ずるものであるからこれに何らの実効がないとする控訴人の主張は独自の見解にすぎず、いずれにしても採用することができない。

控訴人は更に、被控訴人が本件従前地の所有者が正策個人であるか春田合名であるかに注意して取引をなしさえすれば、正策が僣称代表社員であることを容易に知りえた筈であるのに、右注意を怠つた点において被控訴人には過失があり、善意の第三者に当たらないと主張する。しかしながら、既に認定した通り本件土地の売買は春田合名と被控訴人間に結ばれたもので被控訴人がこと更従前地の所有関係を疑わなければならないような手がかりが存在していたとは認められず、従つて当時春田合名の代表社員として登記されていた正策を相手として売買の手続を進めた被控訴人に落ち度があつたものとも認められず、この点の控訴人の主張は採用することができない。

六以上の通りであるから被控訴人の商法一四条に基づく抗弁は理由があり、控訴人の当審における新請求は爾余の点の判断をするまでもなく失当として棄却すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官宮本聖司 裁判官海澤美廣 裁判官笹本淳子)

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